こころの子育て・その3

河合隼雄さん『こころの子育て』より


思春期というのは、パワーがすごく強くなるでしょう。それくらいじゃないと、思春期を越えていけないんです。…子どもからおとなへの生まれ変わりの時期だから、背後で「死と再生」というのが動いているんですね。…死ぬほどの思いをしているのと、死ぬことが、紙一重なんだから、ほんとに大変な時期です。
たとえばひとつの会社をやっていて、その会社を大きくしようと思ったら、いっぺんやり直さないとできないでしょう。古いシステムを壊して、新しいシステムを作る。いいままでの機械とまったく違う機械を導入して、システムチェンジしていくわけです。人間も、生まれてから死ぬまでに、何度もシステムチェンジする時期があるわけです。その大きな節目が、十歳頃と思春期、それとおそらく、中年です。


親がほんとに嫌っていることを子どもが好きになった場合は、親はものすごく考える必要があります。……親が気がつかなければ、子どもはどんどん激しいことをやってきます。大きい声で言わないと親に届かないからです。そういうときは、親は自分自身についてよく考えないといけない。実際、盗みをした子が言ったことがありますよ。「せっかく盗みまでしたのに、親はまだわかっていない」って。


人は、傷の体験によって成長していくんです。


「『私』のことは『私』が一番よく知っている」、これは間違いないですね。だけど、私が知らない「私」もいっぱいあるでしょう? ……全部自分なんだけど、知らないこともあるわけです。だから「親だから子どものことがわかる」と言っても、全部がわかるわけはない。
人間の、その人自身も知らない可能性は、プラスもマイナスもあって、それが大事なんです。


親子関係でも夫婦関係でも、対決の火花が散らなければ、状況が変わることはあり得ないわけだけど、そんなのは一生にいっぺんかもわからない。……「対決」というのは、相手の言うことを聞かなきゃならないからね。つまり自分との対決を含んでいなかったら、ほんとの対決じゃありません。親子でもそうですね。ほんとの対決は、ベースに自分自身との対決があるんです。
基本的に、日本人は対決しない文化なんです。対決を避ける文化……それは悪いばっかりではなくて、誇っていい面もあります。だって、対決したら必ず正しい答が出るとは限らないわけでしょう。対決して答が出る場合、ともすると正しい者というより、強い者が勝つんです。……そういう意味で、日本のよさを忘れてはならないと思います。それでもいまの時代、「まあまあ」ばっかりでやっていてもうまくいきません。これからは、対決とどう対決するかが課題です。


親子に限らず夫婦でも、話を聞くというのはほんとに大事です。そして聞くときは腹を据えて聞く。
中学高校ぐらいの子どもは、言葉にするのがなかなか難しい状態にあるのだ、ということも知っていないといけません。


子育てで問題が起こったときには、親は絶対にサボらずに考えることです。そして、専門家に相談することも考えてみたらいいんじゃないでしょうか。
ニセの専門家がいるのも事実です。ニセの専門家は、すごくえらそうに、あれをせよ、これをしなさいと言うからすぐにわかります。……じっくり話を聞いてくれて、一緒に考えていこう、という姿勢を持っているかどうかで、ホンモノかニセかの見分けがつくと思います。
専門家は、何も「指導」するわけではなくて、一緒に考えましょう、という人なんです。そして、なかなか希望を捨てない、という力を持っている。そして、一緒に考えたら、やっぱり答が出てくるんですよ。
ちゃんと言葉にして話すというのは、すごいことなんです。だから夫婦でも、せめて夫婦なんだから、もうちょっとお互いに本気で話したらいいですね。そのための仲間なんだから。そして、希望を捨てずに子どものそばにいることができたら完璧です。それはほんとに難しいね。親もしんどいから、見捨てるんですよ。「どうせうちの子はもうダメだ」と思ったり、急にものすごく腹立ってきたり。ずっと一緒にそばにいるというのは、親子でもなかなかできません。何か起こると、なんとか状態を元に戻そうとしてあせってしまうけれど、あせったら結局長引く。これほど「急がば回れ」ということはないと思います。
「大丈夫なんや、四年や五年学校休んだって大丈夫。あんたの考えてることをゆっくりやったらいいんだ」っていう人がそばにいると、子どもはちゃんとそこから立ち直ってくるんです。そういう子をすぐに治したりはできないけれど、「あなたは決してバカでもなんでもない、あなたのやろうとしている仕事は非常に意味のある仕事である」と態度で示していると、「なんにもできない」とか「ダメだ」とかばっかり言っていた子が、だんだん変わってくるんです。


母性に満足できていない人が早くに性的関係を持つのは、これはもうセオリーと言ってもいいでしょうね。


いまの思春期から青年期にかけて、それほど苦しんでいない人たちもいます。何も悩んでいないじゃないか、というふうに見える、そういう人たちです。反対に、すごく悩んでいる子どもは、「悩んでいる」ということも言えない、言葉にできないくらいの悩みを持っている。そこがいまのおとなに非常にわかりにくい。


深い悩みそのものは昔からあって、そういうことを考えられる天才的な人が考えてくれていた。現代は、かつて天才的な人が直面した宗教的問題とか哲学的命題に、われわれ普通の人間が直面させられているんです。

  • 最終更新:2008-12-03 12:22:14

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