トライ&エラー

試験航海 - 精神科医の視点より-


 いろいろな悩みがあって、昨日まで入っていた学校の校門がくぐれなくなる登校拒否という現象が思春期にはよく起こります。これは船出をしたときに船が引っくり返って困っているのです。でも、これは時にかなっています。船出というときは試験航海だからです。進水式をしたばかりの船は立派なピカピカのどこにも傷もない見事なものです。しかし、タイタニック号のような見事な船でも処女航海で引っくり返りました。だから、まず試験航海で、港の内をちょっと回って、自分で舵をとってやってごらんと言うのです。試験航海ですからエラーを認めないとだめです。トライ アンド エラーと言います。エラーなしのトライなら、やれと言われても誰もしません。エラー付きのトライをやれと言うしかないのです。思春期というのはエラーがつきものだから、おそれずにさあお行きと言ってあげられるのです。
 学校へ行かれない子どもたちは、苦しみ、悩んで傷ついています。自尊心は傷つき、自信もなくなります。人にちょっと言われたことが気になって、対人恐怖で一歩も前に進めなくなり、校門をくぐれなくなったりします。これからの長い航海には、波が来たり、風が吹いたりという危機にいつでも遭遇します。それにいちいち倒れていたらやっていかれません。だから、思春期で挫折することは非常に効果があります。どういう波が来たら引っくり返るか、そのときどんな痛さかが分かるからです。
 精神科医は母港のドックのようなものですから、どうしたらいいだろうと言ってやって来ます。「そうだね、引っくり返ったんだね。何が起こったか一緒に考えてみようね。いいとき来たね。せっかく登校拒否して、こんな痛いつらい思いをしたのだから、あなたはこれを通して成長するんだよ」と私は言います。挫折は痛いのですが、成長のチャンスでもあると言えます。
 反社会的な問題行動として非行がありますが、これも同様です。物を盗む・人に危害を加えるというルール違反を非行といいます。大人のように犯罪と言わないのは、少年法が守っているからです。物を盗むことは、人間としてしてはならないことです。しかし思春期でそのルールを守ることに失敗をしても、あなたのような腹黒い人間はいないとは誰も言いません。それは、まだ大人になっていないからです。
 例えば、入っていけませんという禁止区域が海に行きますとあります。深みがあったり、岩があったりして、おぼれ死んだり、船が引っくり返ったりするからです。でも、そういうところに限って子どもは行きたがります。大人は入ってはいけないと言うが、何かあるかもしれないと思って行ってしまうのです。そして警察につかまりひどくしかられます。その結果、自尊心がずたずたになり、苦しい思いをします。これもいい経験です。「あなたはせっかく非行したのだから、これを利用しない手はない。要するにあなたはあそこから越えてはいけないことを体で分かったのだ。つまり法律です。法律を守らないとあなた自身が苦しむことになる。現に本当に痛んだでしょう。これで分かったでしょう」と言ってあげることで、ぎりぎりまで行っても法は侵さない人間になれるのです。
 ところが近年、第二幕を有意義に生きていない子どもが多過ぎます。原因の一つは子どもの時間の10年がしっかりしていなくて、船出できない状態です。思春期は第一幕の続きです。登場人物が生まれかわって新しくなるわけではありません。姿形は赤ん坊や子どもから、むんむんする男の臭い、女の臭いがする体になっていますが、同じ人物です。第一幕で、自分の中に何を蓄えて、どのような船をつくり、船の中身に何を整えたかということが第二幕の試験航海で試されます。思春期は船出をして、試験航海をして本航海に備えようという時間です。ところが、今多いのは本人がびびって港を出ようとしないのです。堂々たる体をしているのに、自分では決めかねて母港の人に決定を全部ゆだねて、そこから一歩も出ようとしないのです。これは子ども側の問題です。
 また子どもの後ろから親が背中にからみついて行かせないという大人側の問題もあります。「海は危ないのよ。危険があるのよ。引っくり返ったらどうするの。お願いだから行かないで」と言って、着るものから食べるものから、友達から、将来の行く先から、全部親が決めて、親が24時間見張っています。とにかく与えられたものだけをせっせと覚えて、黒板の字をノートに写して、ノートから頭に全部写し替えをして、試験場へ行って上手にそれを吐き出して、点を付けてもらう。そしてあなたの偏差値はここだからこの大学に行けますと言ってもらい、そうする。自分が毎日何をしているのか、自分は将来何になりたいのか、自分はこれから先どういう人生を生きていくのかと考えていたら、それだけで遅れてしまいますので、ロボットのようになって大人が決定し作動させ、全部してあげるのです。これでは母港を出ていないことになります。平穏無事な10年でしょう。船出をしていないから難破するチャンスもないわけです。
 しかし、第二幕の時間は容赦なく過ぎて、20歳になると成人式です。いよいよ本航海で、大海原です。思春期の登校拒否と成人期に入ってからの出社拒否は同じ現象です。いずれも引っくり返っているのです。しかし第三幕での出社拒否では、社長さんがずっと給料をあげましょうとは言ってくれません。それは契約ですから、働かない人は何か月かたったら解雇されます。また、人の物を盗むと、第二幕では非行ということで子どもは教育をうけ、成長のチャンスになりますが、第三幕では人の物を盗んだら即犯罪です。自分の責任として罪を負わねばなりません。そうならないためにも第二幕で試験航海をしてほしいのです。


  • 最終更新:2008-12-03 09:04:02

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