躓き

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躓き

人生に躓きはあるもの。

そのときに必要なことは想像力である。

何ごとにも固守せず、たましい柔軟に生きることが大切である。

「逃げの転職」「不登校」「挫折」などなど、

人生には、沢山の感動がある。

なかなか飲み込めない、喉越しの悪いことがらも多い。

だからこそ、良く咀嚼すること。

その結果には、顎の強化と、健康が待っている。

すると何時の日にか、硬いものも、いとも簡単に咀嚼できるようになる。

「ならば仕方ない」または「そう来たか」と、つねに前向きに、人生に挑むことが大切。

そして「何とかなる」の運命の力を得ることである。

「急がば回れ」とあるように、何ごとも道はひとつでなく、取り返しのつかないこともない。

「次こそは乗り越えるぞ」の思いみたま、「何とでもなる」の発想の転換こそが大切。

「不登校」とて、「それの何が悪いのさ!葛藤があるのは生きている証さ!」

そして問題は、学校にさえ行けばよいのかといえば、そうでもないはず。

学校なんて、行きたくなれば、いつでも行けるもの。

大切なことは、たましいの輝きを得ることであるはず。

学校に問題があることもある。

みんな未熟だからこそ、すごい泥もあるだろう。

だからといって怨んでも始まらない。

すべては学び。

努力して乗り越えることもある。

それでも無理なこともある。

ならば、急がば回れ。

何もかも、みんなと同じでなければならないこともない。

そして運命の法則の上で努力を重ねれば、いずれ「あの時があったからこそ今の自分がある」と、

感謝の気持ちとなる。

人生に無駄なし。

失えば必ず得ることがある。


「教育とは教え育てることではなく、教えを育むこと」

葛藤は宝である。

育むこととは、家族互いに、たましいと葛藤し向き合い、みなで本当の生き方を見つけ出す、

たましいの共同制作である。

無関心と見守ることは違う。

ときに見守ることも大切だが、その時でも、互いにたましいをみつめ、葛藤し磨きあうことである。


「上手くいかないことにも意味がある」「すべて偶然はなく必然」

裁いてはいけない。

他者も自分も、決して裁いてはいけない。

「あの子がダメ」と裁くことは「自分がダメ」と裁くことと同じ。

同じく「自分をダメ」と裁くことも「あの子がダメ」と裁くことと同じ。

すべてはグループソウルであるからだ。

自分にたましいいに落とす暗い影は、相手のたましいに暗い影を落とすことになる。


「相手を変えようとしてはいけない。まず自分から変えることである」

人生に遠回りはない。

あのフジコ・へミングさんとて、長い歳月をかけて、いま成就を迎えている。

彼女だけが特別なのではなく、みな同じである。

だからこそ焦らず、じっくりと、たとえもがき苦しむ日々があっても、

生きる希望と、目的を忘れず、生き抜くことである。

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江原啓之 スピリチュアルメッセージ

  • 最終更新:2009-07-06 22:22:16

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